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10度目の挑戦で甲子園!霞ヶ浦高校 野球部 高橋祐二監督

 2018/01/31 高校野球と甲子園
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悲劇のチーム・霞ヶ浦

あとアウト1つから勝利を逃すなどして「悲劇のチーム」と呼ばれてきた霞ヶ浦。

しかし、2015年夏、ついに念願の甲子園初出場を果たし、苦労人・高橋祐二監督が宙に舞った。「祐二」「祐ちゃん」と人々から慕われ、野球とバレーボールの異なる競技で全国の舞台に立った、異色の指導者である。

開かずの扉を開けたあと、過去のジンクスは完全払拭と思われたが、悔しいことに「あと1勝」がその後何度も続いている。

2017年夏は、決勝戦で土浦日大に9-10というスコアでの敗戦だった。序盤のリードが守れず終盤に逆転されるが、9回裏に見事な粘りで同点。

延長戦に突入し、決着は引き分け再試合がちらつき出した延長15回。相手に1点を献上し、そのまま力尽きた。

チャンスを逃した場面など惜しまれるシーンはあったが、それを誰が責められよう。たとえうまくいかなくても必死で戦う姿は、これぞ高校野球と感じ入った。

だが、続く2018年春のセンバツ出場のかかった2017年秋の関東大会でも、これを勝てば出場が確実視される準々決勝でまたも敗戦。待っていたのは、やはりあまりに残酷な結末だった。

なんたることか! 

忸怩たる思いを抱えたままの高橋監督、そして関係者の気持ちを思うと言葉にならない。

でも、でもである。よく考えてみてほしい。毎年、これほど確実に甲子園を狙えるチームをつくる指導者がいるだろうか。そう多くはないはずだ。

夏に好成績を残しても、新しいチームに変われば思うようには結果が出ない。それがむしろ普通である。

にもかかわらず、常に県の上位に位置している。ベスト8は可能だとしても、4の壁を破るのはどの県でもたやすいことではなく、それが決勝ともなれば「奇跡のチーム」といってもいいくらいだ。

決勝まで行ったら勝たなくちゃいけないことくらいわかっているが、毎年チームの顔ぶれがガラリと変わるのが高校野球。「決勝に弱い」、「負の連鎖」などという言葉を、安易に使ってほしくないと思うのは私だけだろうか。

原因は、何かあるのかもしれない。それを追求するのも悪くはない。でも、ブレることなく正面からぶつかり続けて来たからこそ、常に決勝という舞台が用意されてきたのではないだろうか。

高橋監督は、野球以前に人を育てることに力を注ぎ、その姿勢は今も一貫して変わらない。そんな高橋監督を選手は慕い、ライバル校の指導者も損得なしに応援している。

迷わず、変わらず――。

そして、今年59歳になる監督をもう一度甲子園へ。

※以下に掲載する記事は2015年冬執筆のものである。なお、これまでの霞ヶ浦はここ12年で県大会優勝1、準優勝6、ベスト4・3回。近々の8年に絞れば決勝進出6回(夏の大会)。秋の関東大会へもほぼ毎年のように出場している。

甲子園まであと一歩が9回も

全国の舞台に登場する以前から、これほど名の知られたチームは他にない。ここ8年で甲子園をあと一歩のところで逃すこと9回(2015年時点)。

決勝戦まで進む力を持ちながらこれを「負の歴史」と呼ぶには抵抗があるが、その概要を改めて活字にしたとき、高橋監督が抱え続けて来た苦悩の大きさが手に取るように伝わってくる。

 始まりは2007年だった。チームを率いて7回目の秋、初めて県大会を制し関東大会へと進む。

しかし、準々決勝で聖望学園(埼玉)に敗れてセンバツ補欠校に。

結果的に県の決勝で下した水戸商、また関東大会初戦で下した安房(千葉)も21世紀枠で甲子園に出場し、さらには聖望学園が全国準優勝を飾るという皮肉な結末となった。そして、その後はというと・・・。

結果 試合の詳細
2008夏 県決勝●2-3常総学院 9回2死2ストライクまで取りながら逆転サヨナラ負け。
2010夏 県決勝●0-11水城 エースを温存した準決でコールド勝ちしながらの大敗。
2010秋 関東大会準々決●5-6横浜 コールド寸前0-6から反撃も、走塁ミスで及ばず。
2011夏 県決勝●5-6藤代 9回2死2ストライクかららまたも逆転サヨナラ負け。
2012秋 関東大会準々決●4-5宇都宮商(栃木) 初戦で優勝候補の東海大相模(神奈川)を破りながら、まさかの惜敗。
2013夏 県決勝●2-4常総学院 8回に追いつかれ、延長戦突入かと思わせた9回2死からサヨナラ2ランを浴び敗戦。
2013秋 関東大会準々決●1-2桐生第一(群馬) スーパーシードで1勝すればセンバツ手中も、9回2アウトからサヨナラ負け。
2014夏 県決勝●3-12藤代 期待のエースが序盤によもや大量失点で完敗。

高橋祐二監督が思う野球の難しさ

「何がどうダメだったのか、何が正解だったのか。それを負けるたびに嫌という程考えてきました。やればやるほど、野球の難しさも感じますしね。でも振り返ると、やはり最初のチャンスをものにできなかったことが大きいなと。あそこで確実に取っていれば、ここまで尾を引くことはなかったんじゃないかと思います」

 存在感たっぷり、誰に対しても真摯に言葉を返してくれる高橋監督が、ふ~っとため息をつく。

チーム事情を知り尽くしたうえでの采配も、勝てば賞賛に値するが負ければ非難の的になる。日体大の先輩指導者の言葉を借りれば、高橋監督は「こと野球に限っては真面目に考え過ぎる」らしい。

人の意見に耳を傾け、叱咤激励のすべてを受け入れながら自問自答を繰り返す姿は、取り巻く人々をもまた複雑な思いにさせたに違いない。

 これまで秋の関東大会では必ず1勝し、勝率で考えると他校を凌ぐ好成績だ。

「だけど極端な話、他の年が初戦敗退でも1年だけ2勝できたら、すでに甲子園へ行っていることになる。バカげたことだとわかっていても、ふとそんなことを考えてしまうんですよね」

 そんな経緯の中で、周囲が「高橋監督を勝たせたい!」と願うのは当然の成り行きだ。「先生は悪くない。今のままでいてほしい」と数年前に卒業した教え子も言っていたが、霞ヶ浦の関係者はもちろん、地域の人々や野球ファン、同じ指導者仲間も毎年熱いエールを高橋監督に送ってきた。

ライバル関係にある県内の指導者たちでさえ同様の気持ちの人が多いそうで、かつて藤代や常総学院で指揮を執った現・専大松戸(千葉)の持丸修一監督などは、「俺は高橋を甲子園に行かす会の応援団長だ!」と豪語するほどである。

10度目の正直へ

そんな経緯の中で迎えた2015年夏。これがまさに10回目となる挑戦だった。そして、ついに重い扉が開かれ、夏の甲子園初出場を果たした霞ヶ浦。

勝利の瞬間、意外にも冷静だった高橋監督の姿が印象的だったが、むろん周囲は大フィーバーである。

「メールやラインはとても返し切れる量ではなく、翌日からは次から次へと学校に人が来て、お祝いの会にも数多く呼ばれました。全国からご祝儀が届き、学校の玄関口にあんなに胡蝶蘭が並んだのも初めてのこと。甲子園に出発する取手駅での壮行会では、キオスクのおばちゃんに〝こんなに人が集まったのは見たことがない〟って言われました。〝先生~、これ持ってって~〟と見知らぬ人から手渡されたり、その後は選手に食べさせてほしいと野菜を山ほど届けてくれるおじいさんまでいて、甲子園の影響力には本当に驚かされています」

 大会には持丸監督の専大松戸、親交の深い米澤貴光監督率いる関東第一(東東京)も出場を果たし、二重の喜びに。そして、甲子園初戦は8月7日の第2試合で広島新庄と対戦した。

そして甲子園へ

霞ヶ浦は1990年の第62回センバツに出場するも未勝利で、校歌はまだ聞けていない。しかしエースの綾部翔投手(現・横浜DeNAベイスターズ)が本来の力を出し切れず、主将の発熱リタイアというハプニングもあって敗退(2-4)。翌日が高橋監督の誕生日でもあっただけに残念だった。

「悔しかったです。それでもわからないことだらけの中で多くの人に助けてもらい、我々のやっている野球の質は低くない、十分に全国で戦えるという手応えは得ることができました。打ったことのない打球を放つなど選手たちは持てる力を存分に発揮し、甲子園は1人1人を主役にしてくれるところ。9回2アウト2、3塁の場面も、4番の子がきっと打つとそんな気がすごくしたんです。でもそうならなかったのは、やはり甲子園の厳しさでしょうか」

 何より感動的だったのは、クーラーが効いて歓声などまったく聞こえない静寂の室内練習場から外野スタンド下にある通路に移動し、前の試合が終わったと同時にフェンスが開いてグラウンドに足を踏み入れた瞬間だという。

「地鳴りのような音が迫って来て鳥肌が立ち、あの感動は忘れないですね。静と動の好対照を味わいました。また、試合に負けたあと裏通路に案内されて高野連が用意してくれたバスに乗り込み、あっという間に宿舎に帰っていたのにも驚きました。ミーティングができる部屋もないビジネスホテルでの生活とか、試合の朝が弁当になってしまうといった食事内容とか、もう少し何とかしたかったと思うこともあったので、それらは次回への課題になりました」

 霞ヶ浦の敗退後、週末の土日を迎え、さらには人気の早実(西東京)も登場して高校野球100年を祝う大会は連日大盛況となった。その一足前に甲子園を去らねばならず、「本当の甲子園は見ていません」。次は是が非でも勝利し、甲子園を堪能したいところである。

霞ヶ浦高校の高橋監督の記事の続きはこちら

藤井利香●文
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藤井利香

藤井利香

東京都生まれ。日本大学卒。
高校時代は(弱小)ソフトボール部の主将・投手・4番として活躍。大学では、体育会ラグビー部の紅一点マネージャー。関東大学リーグ戦グループ・学生連盟の役員としても活動。
卒業後は商社に勤務するも、スポーツとのかかわりが捨てがたく、ラグビー月刊誌の編集に転職。5年の勤務のあと、フリーライターとして独立。高校野球を皮切りに、プロ野球、ラグビー、バレーボールなどのスポーツ取材を長く行う。現在は、スポーツのほかに人物インタビューを得意とし、また以前から興味のあった福祉関係の取材等も行っている。

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