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バレーと野球!2競技で全国大会出場 霞ヶ浦高校 高橋祐二監督

 2018/02/12 高校野球と甲子園
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バレーと野球。2競技で全国大会出場

華やかな表舞台とは別に、高橋監督がこれはきついと感じたのが、甲子園のベンチ入りを県大会20人から18人に絞らねばならないことだった。

「関東大会で減らすのとはわけが違う。これは甲子園に出場できた喜び以上につらかった。いろいろな兼ね合いからなのでしょうが、子どもにとってはあまりに酷です。もっといい方法はないものか。声にする機会があればぜひしたい。私もそれなりの年齢ですから」

人柄を表す、優しさにじむコメントである。

そんな高橋監督は、他の指導者がマネのできない唯一無二の経歴を持っている。それは高校野球に参戦する前の19年間バレーボール部の指導にあたり、しかも全国大会を経験しているということだ。

2競技にまたいでの全国大会出場は、恐らく他に例がないのではないかと思われる。

 概略を述べれば、霞ヶ浦でエースだった高橋監督は、日体大で保体科の教員資格を取ったのち母校に赴任。しかし、そのときはバレー部しか空きがなかったため、数年だけの腰掛のつもりでコーチを引き受けることにした。

当時は男子校で素行に問題のある生徒も多く、部員たちは練習にもきちんと出てこないような有様。

これではいかんと一念発起した高橋監督は生活面も含めた体当たりの指導を行い、1年後に監督となってからは他校の指導者に教えを乞うなどして熱心に勉強を重ね、やがてチームは県で上位に入る強豪校に育っていった。

まさにテレビドラマの『スクールウォーズ』を地で行く世界。「あの霞ヶ浦をよくここまでにした」と、状況をよく知る人は一様に感心したという。

「コンプレックスだらけの生徒に自信を持たせたかった。技術どうこうより人を育てていく。これが私の指導者としての原点で、今もその考えにまったく変わりありません」

 8年目でついに常連校の壁を破って県大会初優勝を飾ったとき、思いがけなかったのは野球部も関東大会で優勝したことだった。年が明けるとセンバツ切符がもたらされ、校内は大騒ぎに。バレー部の活躍は瞬く間にかすんでしまった。

「このときのことは忘れませんよ。こっちも春の高校バレー出場が目前なのに、見向きもされなくて(笑)。今回甲子園に初めて行って、他のクラブの先生たちはどう感じているだろうか。だからこそ自分たちは襟を正し、きちんとしていかねばいけないなと思いました」

 これも巡り合わせだが、野球部が関東大会を制する前の7月、実は前監督の退任に伴い後任にとの声が高橋監督にかかっていた。だがバレーの面白さにハマり、親しい指導者仲間も多くいたことから「自分は今のままでいい」。

あくまで仮説ではあるが、もしここで引き受けていたならあっという間に甲子園監督になっていたかもしれない。

再び監督要請が来たのはそれから12年後のことになる。学校側から是が非でも野球部の立て直しをと託され、当時3月に行われていた春の高校バレー(全国高校バレーボール選抜優勝大会)出場を花道に、野球指導者へと転身したのだった。

「バレーの先生たちとは教官室で寝泊まりしながら論議を交わし、みんなで強くなろうと結束していました。甲子園出場では、そんな仲間たちが優勝した2日後にホテルでお祝いをしてくれたんです。仲のいい数人での会と思って行ってみたら、教えを受けた大御所の先生をはじめ県内の先生みんなが集まっていて、このときばかりは泣けました。嬉しかったね」

 こうして野球部監督になり、14年。シーズン中に一貫して続けているのは実戦形式での練習だ。自分に何が足りないかを各人に認識させ、課題を明確にしたうえで基本に立ち返り練習させる。守備重視の野球ではあるものの、ノックの数にしても量より質。バレー時代同様、正しい理論を探求したうえで指導に当たる。

投手育成においてはとくに定評がある。特徴的なのが、1週間のうち火・木の2日間を「30mの立ち投げ」によって技術を磨くというもの。ボールの伸び、キレを意識しながら丁寧に投げ、捕手は立ったまま捕球する。求めているのは両サイド、低め高め、緩急、そしてテンポを加えた四次元投球。

詳細説明は省くが、投げ方は〝立ち〟〝はがし〟〝受け〟そこに〝うねり〟が入れば一番いいという。

「その中でストレートの精度を上げ、いつでもカウントの取れる変化球、ウイニングボールを持てるようにすること。難しいことは1つもないんですが、大事なのは立ち投げにしても1球に対してどれくらい意識できるか。感じて考える、つまり〝機微〟と〝意図〟がないと野球にならないよと言っています。昔に比べて現代っ子は、決まったケースでしか動けない子がとても多い。教えてもなかなか伝わりにくいですが、人間力にもつながることなので忍耐強く言っていくしかないと思っています」

 野球と私生活は常に一緒という指導をずっと行ってきたが、昨今は後者の指導に時間を取られることが多く悩ましさを感じている。

だが一方で、甲子園のマウンドも経験した綾部投手がドラフトで指名され、初めてプロの世界に選手を送るという喜ばしい出来事もあった。

「あくまで個人的な話ですが、本人の希望を叶えられてよかったなと。大化けの可能性ありと思っているので、今まで以上に練習を重ねて大成してほしい。でも、プロは本当に厳しいところ。喜びよりも心配の方が大きく、それが送り出した者の正直な気持ちです」

センバツ初出場がまたもや

甲子園出場を機に室内練習場を造る計画が持ち上がっているという。

これまでグラウンドは外野が一部狭いものの野球部専用で使えたが、雨が降るとどうにもならず、室内完成は高橋監督の長年にわたる切望でもあった。

「グラウンドにフェンスを造ったりと、OBや周りの人たちがコツコツ手を加えてここまでにしてくれたんです。室内ではなく別の場所に野球場を造ろうという話も出ているんですが、私は今のままで十分だと思って。平の教員だけど、学校経営のことも考えないといけないんでね(笑)」

 新チームは甲子園のレギュラーが6人、ベンチ入りメンバーを含めると9人も残り、バッテリーが弱いと言いながらも秋の県大会で常総学院を破って優勝を果たした。すっかり常連となった関東大会では、今度こそ勝って夏春連続の甲子園を手にしたかったのだが・・・・。

「ところが、またやっちゃったんだな。初戦(文星芸大付)で負けゲームと思われたところを9回裏に同点に追いつき、延長15回の試合を制することができた。これも夏勝った財産かなと思ったんだけど、次の東海大甲府(山梨)戦は投手が崩れて最低のゲーム。練習試合では勝っていたし、これだけの負けない流れがあったというのに。夏の甲子園があったせいか、周りは何も言いませんけどね・・・」

シートノックの時点から選手が固いように感じられた。あと1つに対する意識が働いたのか、それは代々のチームに不思議と連鎖され、目には見えない壁となっているようだ。

「戦略や戦術で勝とうとするのでなく、子どもたちが勝ちたいと思えばそれを前面に出してやればいい。自分の中にやっと余裕が生まれて臨んだ大会でしたが、うまくいきませんでした」 

 使いたかった期待の1年生投手を、結局マウンドに送れなかった。県大会から接戦が多くなかなか登板機会を作れず、大一番で思い切った策が取れなかったのが悔やまれる。

「甲府戦で先発させてみてもよかったかもしれない。僕がナンバーワン指導者だと思う米ちゃん(関東第一・米澤監督)ならきっと投げさせただろうなと思うけど、それだけの度量が私にはなかったということです。関一は1つ1つのプレーの質がとても高く、どこでそれほどの練習をしているのかと思わせるほど身についている。普段からこういうときにこうやればこうなるんだ・・・というのを、練習や練習試合で子どもが常に感じているから本番でやれるんだろうと思う。その子に合った力の伸ばし方もしているし、見習うべき点が多々あります」

あと一歩がまたも遠かったが、東海大甲府の村中秀人監督には、「夏甲子園に出たあと、すぐに秋も(県を)制したというのは立派」と称賛された。やってきたことは決して間違っていない。その確信のもと、来る夏に向けて舵を切る。

敦賀気比が行っているティー打ちを導入

今オフ、力を入れて取り組んでいるのは、昨年から始めた〝気比〟と呼ばれるティー打ちである。長さ、重さの異なる6種類のバットを使い、1種類につき連続100本。インターバルをおかず次のバットに持ち替えて、1度に連続600回のスイングを行うというものだ。

「敦賀気比(福井)が冬の間行っている方法で、最初にこれをうちがやったら1種類30スイングを3セットやるのが精いっぱいでした。だから少しずつ数を増やしていき、1日1000スイングが目標。あとは食事も含めた体づくりですね。なかなか太れないヤツが多くて困っていますが(笑)」

 自ら動いて野球ができるようにと、ミーティングも増やしていくつもりだ。昨今授業をしていても、反応がなく無表情の生徒が多いという。感じる力の低下が顕著で人としての面白みもない。そんな印象が強いので、会話をしながら頭のスキルアップ!も図る計画である。

 ここしばらくは寒さと戦いながら単調な毎日が続くが、冬は1年中でもっとも人の出入りのある季節だ。たくさんのOBたちが学校を訪れ、昨オフは大学1年生になった選手たちが女子マネも含め全員集合。「みんな元気にやってます!」と、挨拶にやってきた。

過去一番強いと思われた代だそうで、卒業しても見事なチームワークを発揮。〝執念〟と書かれた横断幕を作って高橋監督にプレゼントし、それは現在バックネット裏に掲げられ、現役選手たちを鼓舞している。

 他にも1年に1度は高橋監督の顔を見ないと気が済まないという人々が次々とグラウンドを訪れ、周囲はいつも賑やかである。日ごろは毎朝6時半にはグラウンドに来て、帰るのは夜9時過ぎ。休みはほとんどない生活だが、それを35年続けてきて、苦にはまったくなっていない。

「ここでの監督生活もあと数年。すでに若いコーチたちが頑張ってくれているので、やり残したことがないよういい形でバトンを渡せたらと思っています。もちろん、また甲子園には行きたいですよ。でも、それがすべてではありません。ある意味欲深くないところがいけないのかもしれないですが、あくまで自分らしく、これからも戦っていこうと思っています」

藤井利香●文

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ライター紹介 ライター一覧

藤井利香

藤井利香

東京都生まれ。日本大学卒。
高校時代は(弱小)ソフトボール部の主将・投手・4番として活躍。大学では、体育会ラグビー部の紅一点マネージャー。関東大学リーグ戦グループ・学生連盟の役員としても活動。
卒業後は商社に勤務するも、スポーツとのかかわりが捨てがたく、ラグビー月刊誌の編集に転職。5年の勤務のあと、フリーライターとして独立。高校野球を皮切りに、プロ野球、ラグビー、バレーボールなどのスポーツ取材を長く行う。現在は、スポーツのほかに人物インタビューを得意とし、また以前から興味のあった福祉関係の取材等も行っている。

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