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若くして亡くなった元K-1ファイター “レミギウス・モリカビュチス” に追悼の念を

 2017/02/02 格闘技
 

K-1のレミギウス・モリカビュチス選手が亡くなった。34歳という若さだ。
今回は若くして亡くなったK-1 選手に焦点をあてる。

レミギウス・モリカビュチスの死

果たして何人の日本人が彼の死を知っているのだろうか。

2016年12月21日、総合格闘家で元K-1ファイターのレミギウス・モリカビュチス選手がリトアニア・カウナス市内の自宅前で射殺され亡くなった(満34歳)。

レミギウスは2002年から日本の総合格闘技イベント「ZST」や「HERO‘S」に参戦。所英男や村浜武洋にKO勝利するなど打撃面が評価され後にK-1の舞台でも活躍した。魔裟斗との対戦で見せたスピードと回転力に当時の格闘技ファン達は白熱。会場では魔裟斗の女性ファン達の悲鳴が止まなかった。

青い目の侍・アンディ・フグ

K-1選手の死と言うと、やはり記憶に残っているのは2000年に急性前骨髄球性白血病で亡くなったアンディ・フグだろう。

1996年にK-1世界王者に輝いたアンディはユーモアのある人柄でCMやテレビにも引っ張りだこだった。大人だけでなく子供たちのヒーローとしても人気で、多くの日本人に愛されていた。普段はバラエティ番組で笑顔を見せる選手が、ひとたびリングに上がると大男たちをなぎ倒していく、それは「カッコいい」の一言に尽きる。

また空手ベースのハイキックや後ろ回し蹴りはK-1のリングで一際目立ち、スッと真っすぐに伸びるその軌道はとにかく美しい。特に必殺技としてアンディの代名詞にもなった踵落としはたとえ相手に当たらずとも大きな歓声を生んでいた。

アンディが亡くなったのはそんな人気絶頂の最中。テレビでは追悼番組が放送され、告別式には関係者、ファン合わせ約2万人が出席。「もうあの蹴りが見れないのか」と日本中が悲しみに包まれた。

そしてマイク・ベルナルドも

アンディの死はK-1と直接的には関係がないと言われているが、リングでのダメージが原因で亡くなった選手もいる。それは悔しくもアンディの死によってK-1に復帰したマイク・ベルナルドである。

アンディが死の直前、「代わりにマイク・ベルナルドに出て欲しい」と遺言を残したのは有名な話だ。そして見事その大会でミルコ・クロコップらをKOで下し初優勝に輝いた。アンディとベルナルドの友情、そして優勝によりアンディの無念も少しは報われたのではと感じたファンもいるはずだ。

だが、ベルナルドはその後K-1での度重なるダメージによるパンチドランカーに苦しみ、2012年に自殺を図り帰らぬ人となった。「キレテナーイ」でお馴染みのCMの影響もあり、日本のお茶の間にも浸透していたマイク・ベルナルド。亡くなった当時はK-1の人気は下降してはいたものの、彼の活躍は日本人の記憶に確かに残っていた。

アンディとベルナルドの死、それは悲しいことであるがその事実が報道され多くのファンの耳に届くことによって追悼がなされている。それは供養とも言ってもいい。しかしレミギウスの死は日本の報道ではほとんど取り上げられていない。当時のK-1Maxに見入り、彼の左ストレートや秒殺KOに魅了された人々の中で、その事実すら知らない人がいると思うと、レミギウスの無念が不憫でならない。

國友ステロイド●文

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