メンタルのポイントは鍛えるのではなく成長させること スポーツメンタルコーチ 鈴木颯人
スポーツは運動能力・技術とともにメンタルが重要だと言われる。
ゴルフのタイガーウッズ・テニスの錦織圭、さらには相撲の横綱・白鵬などトップアスリートもメンタルトレーナーをつけ常に自分の心を強くあろうと心がけている。今回は年間2000人ものスポーツ選手のメンタルをコーチングしている鈴木颯人氏に焦点をあてる。
メンタルの重要性に気付いた高校時代の挫折
ここ数年、スポーツ界だけでなくさまざまな分野で注目されているのがメンタルについてのこと。ストレス社会と言われる中で、メンタルの強化は目標達成のためのひとつのファクターとして不可欠なものになっている。
このような現状の中で、年間で500回以上の1対1でのメンタルコーチングを行い、多くのアスリートを支えているのが鈴木颯人氏だ。
野球、サッカー、卓球、柔道、フェンシングなどジャンルを問わずに選手をサポートする鈴木氏がスポーツメンタルコーチを目指すきっかけは、高校時代にあったという。
「僕は、“自分には野球さえあればいい”と思っているくらいの野球少年でした。小学校のときは地区大会で優勝し、中学生時代も全国大会にも出場。
その結果、スポーツ推薦で甲子園を狙える強豪校にも進学させてもらえることができたのです。
ピッチャーをやらせてもらっていたのですが、小さい頃から身長が高く左利きという利点を存分に活かしていたんじゃないかと思います。
しかし、高校入学後、数カ月でケガをしてしまいました。ケガの程度は軽いモノだったので、監督に2~3週間で直りますと報告すると、思いもよらぬ言葉をかけられたんです。
『お前には期待してないから、ゆっくり治せ』
ビックリしたというより、唖然として何も言えませんでした。しかし、甲子園に出たいという気持ちが強かったですから、早くケガを治したいと必死でリハビリ。その後も思うような結果を残せず、ベンチすら入れない状況が続きました。
レギュラーになるために野手転向も決意したんです。自分では必死で練習をしていたのですが、監督にはなかなか認めてもらえず、野手への転向もしばらくは認めてもらえませんでした。
迎えた高校3年の夏の地区予選目前。練習でミスをしてしまい、監督から『お前はもういらない、出ていけ!』と言われてしまったんです。
もともと、自分で好きな野球でしたから、つらい練習には耐えられましたが、ここぞとメンタルは弱かった。そのとき、自分自身でメンタルって大事なんだと思い知らされたんです」
自分と同じ苦しみを持つ人を支えたい
プロ野球選手という夢を叶えられなかった鈴木氏。高校時代の挫折で、“自分の思いをしっかりと語れる場所”があれば結果は違っていたと思うようになったという。
この思いが現在のスポーツメンタルコーチとしての礎となっている。しかし、ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。
「野球を諦めた後に、子どもの頃パイロットになりたいという夢があったことを思い出し、大学生時代はイギリスに留学して英語を猛勉強し、TOEICの成績を260から800にまで挙げたこともありました。しかし、結果は不合格。再び、夢破れたわけです。
そこから人材派遣業の営業職についたり、学習塾のスクールマネージャーをやったり、空港で身体障害者をサポートするという仕事をしたり……。さらにリストラも経験し、うつ病になったこともあったんです。
そのとき、高校時代に感じたメンタルの弱さを思い出し、“自分と同じように苦しんでいる人をサポートしたい”という気持ちが強くなりました。そこから、キャリアカウンセラーに興味をもち、現在のスポーツメンタルコーチとしてのアスリートをサポートしようと考えたわけです」
指導者というものは選手を導かなければいけない
よく、メンタルトレーナーという言葉を耳にするが、メンタルコーチングは聞き慣れないという人もいるだろう。トレーナーもコーチも、アスリートを指導するという意味では同じだが、トレーニングとコーチングでは大きな違いがあるという。
「メンタル強化という言葉を使う人が多くいますが、僕は、メンタルというものは鍛えたり強くしたりするものではなく、育てるものだと思います。
僕自身、うつ病になったとき処方された薬を服用できませんでした。なぜなら、僕の中で薬を飲んで症状が改善しなかったらどうなるんだろうという不安があったからです。
それでも必死に治そうと思っていたとき、元女子サッカー日本代表の澤穂希さんのある言葉を耳にしました。『困難の先に希望が見えます』。
この言葉で、僕の心に一筋の光が差した感じがしたんです。それからもアスリートたちが残した言葉に励まされながら、僕はうつ病を徐々に克服していきました」
「何かのきっかけや一つの言葉をかけられたことで、徐々によくなることがある。植物がしっかり太陽の光を浴びて、水与えてあげて、愛情をかけてあげれればちゃんと芽が出るのと一緒のように……。
だから僕はトレーナーということばではなく、コーチングという言葉を使って、コミュニケーションを重視した手法をとっているわけです」
1対1で対話することで、選手の内面に迫り、一緒に問題を解決する糸口を見つけ、それを気づかせてあげる。そうすれば、人は変わることができ、新しいメンタルが徐々に芽生えていく。さまざまな挫折を味わった鈴木氏だからこそ、わかることかもしれない。
「日本には、多くの指導者がいらっしゃいます。本来、指導者とは選手を目標に導いてあげる存在でなければいけない。しかし、現状を見ていると教えるという意味のteachを重要視している人が多いように見受けられます。
多くの指導者が導くという意思を強く持つことで、選手とのコミュニケーションが取りやすくなると思うんです。もちろん、技術を指導する人がメンタルコーチングをできれば一番いいですが、両立はなかなか難しい。だからこそ、僕のような職業の人間が必要になるとも思います」
松野友克●文
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