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桐蔭学園(神奈川)土屋恵三郎監督 2 ~トイレ掃除こそ3年生!~

 2016/02/07 高校野球と甲子園
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選手たちに礼儀を教え笑顔・辛抱強さ・やる気を忘れず「オーラを感じさせる男になれ」と説いた土屋監督。
野球以外でも寮生活にも革命を起こしていた。

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土屋監督が試合中のマナーとして徹底していた事の1つに、ガッツポーズの禁止がある。
淡々とプレーして、それが大人びたチームという印象にもつながっていたのかもしれないが、禁止した理由は自身の甲子園での経験がきっかけとなった。

初出場初優勝を果たした夏の甲子園、磐城との決勝戦で、7回に決勝ホームランを踏んだのが副主将で4番の土屋監督である。
自ら三塁打を放ち、続く峯尾晃(後の綾瀬高校監督)がやはり三塁打を打って、万歳しながらホームイン。

ところが・・・・

「そのあと怒られちゃった。当時の佐伯達夫会長に、ガッツポーズをしたのは誰かな?って言われちゃって、褒められるのかと思ったら高校生らしくないとぴしゃり。ここぞの時は素直な気持ちの表現だからいいんですが、むやみにするのはやめようなと、指導者になったときにルールを決めました。」

今でこそ多くの学校が挨拶などの礼儀作法を徹底させてチーム力をアップさせているが、それをひと足早く実践してきたのが土屋監督だ。寮生と通いの選手の差を作りたくないと全寮制を取ってからは、寮生活における雑用は下級生でなくて上級生が責任持って行なう。不必要な上下関係を即刻排除し、自分の事は自分で。こうしたシステムをいち早く確立させた。

「俺が寮ができて最初の寮長なの。そして、指導者になって間もなく、1年生がトイレ掃除の当番だったのを3年生に変えたのが志村亮(投手=1983年春・1984年夏に甲子園出場)たちのとき。
この代の子どもたちは1年生でトイレ掃除をやり、3年生になってもまたトイレ掃除だった。(笑)でも、こうして寮生の長である3年生に雑用をさせるのであれば、指導者の長である自分もやるべきだと思い、僕がグラウンドの女子トイレを担当することにしたんです。」

下級生が本気で上級生の事を思えるチーム。それが土屋監督率いる桐蔭学園だった。

「俺の時代なんか、ご飯をよそい席を立って戻ると、あったはずの肉がなくなっているんだよ。取ったヤツは自分の飯の中に埋め込んで素知らぬ顔をして。そんな弱肉強食の時代だったが、今は兄弟のように3年間を過ごしている。先輩たちの姿を見ながら育っていくんだよね。そんな子供たちのために、俺はよくスーパーに買出しに行った。最近の子はキムチとか明太子とかがないと飯を食わない。だから20パックくらい大量に抱え、時にはアイスクリームなんかも買って。アイスを食っているときの子供たちの顔はいつになっても変わらない。かわいい顔をしているよ(笑)」

報告・連絡・相談・・そして伝達。

若いころは選手と一緒に走り、汗を流した。喜怒哀楽も激しかった。でも、時間の経過とともに変化していったのは、より一人ひとりを観察しながら指導することである。個性、特徴をつかみ、「この子が悔いなく高校野球を終えるためにはどうしたらいいか」。それを念頭に置き、声をかけ続けた。

「最近の子どもは明るいときは明るいんだけど急に暗くなって落ち込む。波があって、それがとても激しいんです。そういう場合はいきなり言わずに ”あとで話をしような”と、ひと呼吸置くといい。子どもに対して、指導者の方が気を使うことが多くなったのは確かですね」

よく叱ったのが、話をしている人の目を見て聞かないことだ。円陣を組んだとき、昔なら後ろの選手は背伸びしてでも前の選手の隙間から顔を出し、何とか聞こうとしたものだった。でも今は、すっと陰に隠れてしまう。これでは社会に出た時に通用しない。

「自分から手を上げられない子も増えています。だからここ数年は、個人面談をする時間がとても増えました。ありきたりの事しか書かないのです。ずっと続けていた日誌の交換はやめたんです。それよりも、どうだと声をかけて必要とあれば部屋に呼んで話をする。言葉のキャッチボールの必要性を強く感じていました。」

高校2年半で17冊になっていた日誌を思い切ってやめた。毎日、全員に声をかけるのは難しいが、グラウンドと寮の両方でひとりでも多くの選手と会話しようと努めてきた。

「本来なら、言われてくるようでは遅い。大切なのは自分から話しに来ることです。相手から話しかけられてから答えるのではただのロボットですからね。自分から言う勇気を持って欲しいと思う。うちでは、報告、連絡、相談ともうひとつ重要だと言っているのが伝達。仲間同士横の関係で、こうだぞと伝え合ってスクラムを組まないといけない。しゃべるのが苦手な子も多いから、野球を通して少しでも変わってくれたらいいなと。」

励ましと同時に厳しい事を言って次のステップに送り出してやるのも指導者の役割だ。最後の贈り物として2013年夏、マウンドを死守した斉藤投手へ、土屋監督は試合後、心を鬼にしてこう語りかけた。

” ここまで勝てたのも君のおかげだ、ありがとう。でもボークを出したとき、最後は完全に気持ちがキレてたね。バックで守っている仲間がいて、応援してくれる人がたくさんいるのに、君の一番弱いところが出てしまった。一生懸命、気持ちのこもった球で打たれたならば納得だが、そうでなかったことは監督として悲しい。これは説教じゃないよ。頑張った男だからあえて言うんだ。今後もっと成長する為に、そこをきちんと理解して次へ進んでいこう ”

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藤井利香

藤井利香

東京都生まれ。日本大学卒。

高校時代は(弱小)ソフトボール部の主将・投手・4番として活躍。大学では、体育会ラグビー部の紅一点マネージャー。関東大学リーグ戦グループ・学生連盟の役員としても活動。

卒業後は商社に勤務するも、スポーツとのかかわりが捨てがたく、ラグビー月刊誌の編集に転職。5年の勤務のあと、フリーライターとして独立。高校野球を皮切りに、プロ野球、ラグビー、バレーボールなどのスポーツ取材を長く行う。現在は、スポーツのほかに人物インタビューを得意とし、また以前から興味のあった福祉関係の取材等も行っている。


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