サッカーは、11人対11人でプレーするもの
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キリギス人の住む国とオマーンのレフェリー
キリギス共和国は、6月15日に行われたFIFA WC2次予選、日本にとっての最終戦の相手。キリギスの人たちが住む国ということでキリギスタンとも呼ばれるが、試合前、キリギスの友人とお互いの健闘を誓いあった。
キリギスも頑張っていた。それまでのタジキスタン、ミャンマー、モンゴル戦とは異なり、25分も経過したのに無得点。
これは面白いとも思っていたが、果して26分にオナイウがPKで得点し、5-1の勝利となった。
試合後、何人かからこのPKとなるハンドの反則について、質問を受けた。なぜイエロー(YC)なの? レッド(RC)ではないの? というものだ。
普段はレフェリーを中心に試合を見ることが多いが、代表選はサポーターの立場での観戦。
ひとつひとつのプレーをつぶさに見ていない。このハンドも、「あれっ、そうだったの」と言った感じだった。
しかし職業柄か、リプレーを見て、なぜRCじゃなくてなぜYCなのかとも思った。
では、そのシーンはどんなものだったのか? ボールは右に位置していた山根に渡り、そこからのクロスをオナイウがゴールに向かって左側にヘディングした。
オナイウ本人も周りも何があったのか分からずだったが、映像をしっかりみてみると、キルギスのディフェンダー・アクマトフが左手で“ばしっと”止めていた。
最近のハンドの解釈は難しいが、これは簡単。意図的なハンド。オマーンから来たオマル・アルヤクビ主審は、PKを示し、躊躇することなくYCを示した。
DOGSOということでのRCはない
質問の趣旨は、オナイウがヘディングしたボールはゴールに向かっており、ハンドが無ければゴールに入っていたはず。
相手(日本)の得点を手で阻止したらDOGSOでRCと競技規則に書かれているのになぜYC? 主審はしっかり見ていなかったのでは? というものが大半。
引用(著作権法第32条):https://amd-pctr.c.yimg.jp/
確かにオナイウがゴール前でヘディングしたボールは、得点になる可能性は高かった。ただし、“GKが阻止できない状況でなければ”だ。
よく見ると、キルギスGKのマティアシュはオナイウのヘディングのコースを考えてか、一か八かでボールが来るはずのゴール右側に飛んでいる。
ただ、それでも入る可能性は十分に高く、RCが示されてもキリギスの選手たちに大きく反論することなく受け入れただろう。そもそも、アクマトフの得点阻止の意図は悪い。
引用(著作権法第32条):https://youtu.be/tStEeBh0pHE
マニアックな説明で恐縮だが、退場となる8項目のうち、いわゆる「決定的な得点の機会の阻止」には2種類ある。
一般的にDOGSOと呼ばれているのが「相手のフリーキックで罰せられる反則を犯し、全体的にその反則を犯した競技者のゴールに向かって動いている相手競技者の得点、または決定的な得点の機会を阻止する(Denying an Obvious Goal Scoring Opportunity」。
そして、決定的かどうかの判断のために、
①反則とゴールとの距離
②全体的なプレーの方向
③(ファウルを受けた選手が) ボールをキープできる、または、コントロールできる可能性
④守備側競技者の位置と数を考慮する。
シュートを放ってしまったら、そのボールをコントロールする可能性はない。だからDOGSOではなく、 “手による相手得点の阻止”かどうかの判断がRCになるか、というところになる。
フットサルWCプレーオフ イラク・タイ戦
この試合の約3週間前の5月25日。日本では馴染みが薄いが、9月にリトアニアで行われるFIFAフットサルワールドカップ最後のチケットを巡り、イラクとタイが第2戦目を戦った。
インターネット・ライブ配信ではフットサルが人気のタイやイラクを中心に、広く観戦された。
その前半3分、イラクのディフェンダーがペナルティーエリア内でタイのシュートを(アクシデンタルではあったが)手でブロックし、得点の阻止。
しかし、ボールは近くにいたタイの選手にトラップしてシュート、得点。
この間、0.5秒。得点の阻止とは言え、アドバンテージでYCと思いきや、主審の判定は、ノーファウル、ノーカード。
試合後、主審のコメントは、「良い角度でこれらをつぶさに見ていたが、この状況でフットサルが求めていたことは、得点を認めること。
タイがそれで十分であることを考え、主審の裁量の範囲内でノーファウルとした」。
結果タイが4-0で勝利し、WC5回目の出場権を得た。その場ではもちろん、ライブ配信先でも、喜ぶ人はいても判定を不満に思う者は少なかったに違いない。
引用(著作権法第32条):https://youtu.be/3eHym7TJ9zg
AFCプロジェクト・フュ―チャー・レフェリー・プログラム
AFCは、2009年から「AFCプロジェクト・プログラム」を実施し、若い将来性のあるレフェリーをAFC(マレーシア)に呼んで教育していた。
日本からは、国際審判員でプロフェッショナルレフェリーの荒木友輔などが学んでいる。
キリギス戦の主審、オマル・アルヤクビもその卒業生。
最近、“中東の笛”を払しょくするように、中東のレフェリーの質が高い。
中東の各国サッカー協会は、レフェリーにも投資し、良いレフェリーが育ってきていている。
“AFCプロジェクト・フュ―チャー・プログラム”のカリキュラムは知らないが、単なるフィジカルやレフェリング技術だけを教えるものではなかったと思う。
インストトラクターがイングランドからも招かれ、“競技規則の精神”や“サッカーとは何か”といったところも教えられているはずだ。
サッカーの大原則は、フェア(公平・公正)であること。そして、レフェリーは選手の安全・安心と共にそれを保証すること。
オナイウの得点となるシュートを手で止めるのは、悪い。
退場といった判定であってもリスペクトする。しかし、退場になれば、11対10。
日本は、2次予選通過を決めている。そんな状況下で、数的差をつけ残り65分をプレーすることは、サッカーが求めていることではない。
選手も面白くないだろうし、観客の興味も半減だ。
VARが導入されていても
ヘディングしたボールの先には、ゴールキーパーがいたのだから、YC。
本人からの言葉は聞けないが、オマル・アルヤクビ主審は、サッカーがフェアであるべきだとし、そんな判定を下したに違いない。
素敵な判定だ。きっと、素晴らしいレフェリーになってくれるに違いない。
この試合はVARが導入されていなかったが、導入されていたら、「相手の決定的な得点を手で阻止(RC)」した可能性があり、PKにもなったことから、レビュー対象の事象となる。
仮にVARがいたとしても、VARを含めて、サッカーの大原則をしっかり理解し、「ヘディングしたボールの先には、ゴールキーパーがいても、得点となる可能性がある」と主張する審判が出てこないことに期待したい。
ボールが手に当たった、当たらないかは、事実(fact)。
しかし、それが、どのようなファウルになるのかの解釈は、審判団の裁量下。正しく、その裁量を行使することが主審を含むすべての審判員に求められ、それを受け入れることが選手、チーム役員に求められる。
文責:松崎康弘