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ユーロ2016に見た2つのハンド

 2016/07/27 サッカー
 

日本サッカー協会の1級審判員、そして国際審判員としても活躍して来た松崎康弘氏によるサッカーレポート 『ゴール!』  
今回はUEFAユーロ2016の際に起きた『2つのハンドの判定』について徹底レポートする。

ユーロ2016で起きた2つのハンド

UEFAユーロ2016決勝は、0-0の緊張感ある前後半を経て延長戦に突入。そして、ポルトガルが伏兵エデルの得点で開催国であるフランスを破り、劇的な優勝を勝ち取った。

フルタイムの笛が鳴った時、前半23分に負傷退場したポルトガルのクリスチャン・ロナウドの喜びようが印象的であった。

喉から手が出るほどに獲得したかったビッグタイトル。それも自らが現役の時にカップを握りしめたかったのだと思う。

この決勝と準決勝のフランス・ドイツ戦を見ていて、2つのハンドの判定が興味深かった。準決勝フランス・ドイツ戦前半のアディショナルタイムでのPKの判定。コーナーキックからのボールをフランスのエヴラがヘディングしようとしたところ、ドイツのキャプテン、シュバインシュタイガーがエヴラの頭の先に右手を伸ばしたところにボールが来た。

“ハンド”。

主審は、イタリアのリッツォーリ。たぶん彼からはよく見えず、ゴール裏に位置していた追加副審がハンドと判断し、それを主審が確認して笛を吹いたのだと思う。笛が多少遅かった。

シュバインシュタイガーの手の伸ばし方は、不用意だった。エヴラの動きを封じたかったのも知れない。あれ以上腕をエヴラの顔に向ければ、それそのものがファウルとなる。

と言って、あそこに手を出せばボールが手に当たる可能性は高く、それがエヴラのヘディングを防ぐことになる。果たして、ハンドの反則。そして、PK。

そもそも空中戦の判定は容易ではない。身体と身体の接触のみならず、微妙な手の動きも確認する必要がある。

フランス・ポルトガルの決勝、延長107分。スコアは0-0。フランスのペナルティーエリアの少し外で、ポルトガルのエデルとフランスのコシールニーがそれぞれ手を上げ競り合ったところに、イングランドのクラッテンバーグ主審の笛が鳴る。

まるで千手観音のようにボール対して突き出された手と手。ビデオで見ればボールに触れたのはエデルの左手。両選手ともに半袖でユニフォームの色での区別はできない。今度は追加副審もどちらの手であったのか、見ることができなかったと思う。クラッテンバーグ主審の下した判定はコシールニーのハンド、イエローカード。

ハンドによって与えられたフリーキックからのボールは、クロスバーを叩く。あと10㎝下だったら“得点”だった。

この試合、攻撃の主導権を握ったものの、ポルトガルがクレバーなディフェンスとGKパトリシオの好プレーで、フランスは120分間得点することができなかった。

このフリーキックから2分後にエデルが右足を振り抜き得点。そして、虎の子の1点を守り抜き、ポルトガルは念願の初優勝を手にすることになる。

コシールニーが警告となった結果、その後積極的なディフェンスができず、エデルの得点を生み出した。このハンドの判定ミスが試合を決定したとの趣をいう人もいるようだが、そんなことはない。

フランスに限らず、ユーロで戦う選手たちは百戦錬磨だ。この時間帯、ペナルティーエリア周辺で、警告あるなしかかわらずファウルを犯せばどうなるのか。それよりも、コレクティブにディフェンスできなかったことに原因があるのだと思う。

ハンドとはいったい何なのか?

19世紀、イギリスのラグビー校でサッカーの試合中にボールを持って走り出したのはエリス少年。そこからラグビーが始まったと言われるが。その話は事実とは異なるようだ。

サッカーもラグビーもフットボール。その頃のイギリスではさまざまなフットボールがプレーされていて、ラグビー校のフットボールはボールを持って走ってよかった。

他方、1983年に誕生したサッカーは、協会に参加することになったクラブがボールを持って走ってはならない方を選んだということらしい。

事実、サッカー最初の競技規則には、“フェアキャッチ”という言葉が何度も出てくる。それが1868年ごろにGK以外はボールを手で(手や腕で)扱うことが不可となり、今では誰もがサッカーはボールを手でプレーしないスポーツだと考えている。

ボールを足で蹴ってプレーすることによって、手のようには正確にプレーできなくなる一方スピードが増し、サッカーの面白さを助長することになったのだと思うが、ボールを手で扱ったかどうかの判断は審判泣かせだ。

ハンドの反則は、「選手が手または腕を用いて“意図的に”ボールに触れる行為」である。偶発的にボールが手に当たったものは、反則とはならない。

相手のシュートをゴールキーパーのように手で止める。パスが相手の選手にわたらないように手を伸ばして止める。これは簡単。反則だ。

しかしながら、実際、選手の多くはボールが手に当たっただけで、”ハンド!!“と大きく叫ぶ。相手と一緒になってボールを追いかけスライディングタックル。ボールが相手の足に当たった直後に手に当たった。意図がないにもかかわらずだ。

 大原則は、ボールが手に当たったらハンドの反則ではなく、手でボールに触れたら反則。トラップしようとしてバランスをとった手にイレギュラーしたボールが手にあたっても反則ではないが、手を胸につけていたがその手の部分で相手のシュートを止めたら反則になる。

ただ、実際の判定は容易でない。ボールが至近距離から蹴られ手に当たる。それは「ボールが手に当たってしまったこと」になる場合もあるが、無意識でも最初から手や腕が出ている。手を出していれば、当たってボールを止められるかもしれない。これは未必の故意(意図がある)だ。

クロスボールがあげられるときに足だけでなく、腕も広げて、あわよくばボールを止めようというプレーをよく見るが、ボールが手に当たればハンドの反則となる。
よく南米の選手が腕を後ろに隠してディフェンスするが、ボールが当たることそのものを防ぐとともに、当たってもそこには意図がないことを示している。

審判には、ボールが手に当たるという事実そのもの、そして、その後ろにある選手の意図を見極めながらの判定が求められる。ボールが手に当たったのがペナルティーエリア内であると、なおさら厄介だ。

一般的にサッカーの競技規則はオフサイド以外、とてもシンプルで分かりやすいとされている。しかし、審判にとってハンドは簡単ではない。

クラッテンバーグ主審はコシールニーのハンドであると確信していたと思うが、テレビでは、エデルのハンドが明らかにされていた。同じく審判をする身として、このフリーキックから得点が入るなと祈った。

ボールがクロスバーを叩いたとき、そのまま大きくクリアされろと願った。

【了】 

松崎康弘●文

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ライター紹介 ライター一覧

松崎康弘

松崎康弘

JFA参与・元(公財)日本サッカー協会常務理事。元審判委員長
1954年1月20日生まれ、千葉県千葉市出身。

82年28歳でサッカー4級審判員登録。90年から92年、英国勤務。現地で審判活動に従事し、92年にイングランドの1級審判員の資格を取得。
帰国後の93年1月に日本サッカー協会の1級審判員登録。95年から02年までJリーグ1部の主審として活動し、95年から99年までは国際副審も務めた。
著書に「審判目線・面白くてクセになるサッカー観戦術」「サッカーを100倍楽しむための審判入門」「ポジティブ・レフェリング」などがある。

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