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W杯最終予選UAE戦、主審の心うちを垣間見て

 2016/09/06 サッカー
 

日本サッカー協会の1級審判員、そして国際審判員としても活躍して来た松崎康弘氏によるサッカーレポート 『ゴール!』 今回はサッカー・ワールドカップの最終予選UAE戦での思わぬ敗戦。誤審か?と騒がれた試合を審判の目線で解説する。

UAE戦の審判をみて

2016年9月1日(木)、FIFA ワールドカップ・ロシア2018最終予選@さいたまスタジアム。相手は、UAE。2014年のアジアカップ準決勝、PK戦で敗れたとはいえ、FIFAランキングでは日本が格上。しかもホームで、安心して試合観戦かと思いきや、結果はそうでなかった。
後半32分、浅野拓磨の“あのシュート”がゴールインとされなかったことをはじめ、主審の判定には多くの不満が噴出。一方、しっかりと得点していればとの日本代表への辛口な意見。WC予選初戦で注目の試合に敗れたこと、主審が得点を認めなかったことも一因で、世の中にはさまざまなコメント、記事が溢れた。

主審は、カタールのアブドルラーマン・アル・ジャシム。28歳。アジアのエリート主審だ。身長も180㎝あり、WCロシアの主審候補ではないが、カタールが2022のWCカタールでの主審として一押しする存在である。ACL(アジアチャンピオンズリーグ)をはじめ、それなりに難しい試合も吹いているが、国際主審となって2年半。経験としては、まだ浅い。

本人と話した訳でもなく、過去のレフェリングも見た訳ではない。あくまでもこの1試合を見ての話ではあるが、若い主審が大試合を任された時の“こころうち”に関心を持った。一般とは異なった観点からの感想である。もしかすると、大間違いな感想かもしれないが・・・。

主審は、孤独だ。今でこそ無線システムがあって試合中でも副審や第4の審判員と言葉が交わせるが、最終判断を下す権限が付与されているがゆえに、選手、監督、サポーターなど外からの圧力、また責任を負わされた自ら、内的なプレッシャーに耐えなければならない。大きな試合になればなるほどそれは大きく、それに耐える心の強さが必要だ。

UAE戦・いくつかの判定を検証する

最初に感じたのは10分。本田圭佑の得点につながるFK。UAEが警告された。「明らかなファウル、どうして笛を吹かないの?」と思ったら、笛が鳴った。
19分、日本の失点に繋がるFK。吉田麻也のファウル。吉田麻也はUAEの選手が方向を変えたとき、小さくではあるがUAEの選手の右足を刈った。ファウル。笛がならないと思ったら吉田がボールをキープし、次のプレーに移った時に笛。多くの人にはなぜファウル? と見えたに違いない。
そういえば、16分。酒井宏樹が警告されたとき。「これで警告するんだ。このカード基準だとこの試合、何枚のイエローカードになってしまうんだろう? まずは自分の強さを示したい?」と思った。加えて、「意識はしていないとは思うが、心の弱さをカードで補って自らを安心させたい?」。そうも、感じた。

Wait & Seeは、審判にとってのマジックワード。ファウルを見極めるとき、少し見てみよう。ファウルされたチームのチャンスにつながるかもしれない。オフサイドの位置にいる選手にボールが来る。少し見てみよう。プレーにかかわらないかもしれない。よい主審/副審は、このマジックワードを使って、うまく試合を運ぶ。
しかし、こんなに遅かったら。選手はレフェリーがどのファウルで笛を吹いたのかわからず、イライラする。見ている観客も、何にもないところで笛が吹かれ、「何がファウルなんだ!」ってことになる。逡巡。すぐに決めきれない心。

大試合のプレッシャーに耐え切れないのだろうか? 後半22分、宇佐美貴史が相手ペナルティーエリアに入ったところで、相手の腕により倒された。ノーファウル。こんなものをファウルにしていたら、ディフェンダーは守備なんかできない。そう考える。
だが、前述16分の酒井宏樹選手の警告とどこが違うのだろう? 結局のところ、PKにするのが怖かっただけなのでは? うがった見方かもしれないが。

ペナルティーエリア内の判定は、エリア外のものとは違うとよく言われる。確かに!
しかし、ファウルはファウルだ。ただ、ペナルティーエリア内だと、ディフェンダーがファウルにならないようにより慎重にプレーするのに対して、アタッカーは無理をしてでもボールをプレーしようとし、結果的に接触で転倒することも多々ある。その接触の意味、選手の意図をしっかりと見極めて判定することが大切である。そう見てみると、転倒イコールPKとはならないケースが多いのが分かる。
対して、得点に直結するPKの判定を怖がり、少し怪しいなと感じたら、ノーファウルに逃げるレフェリーがいる。自分に責任がかかるのは怖い。ジャシム主審は“ノー”と大きくジェスチャーしている。自分の判定をしっかりと示しているようにも見えるが、自分の判定を示すことによって心を合理化しているようにも見える。

後半32分、浅野のシュートは十分な強さでなく、UAEのGKに弾かれた。といっても、ゴール内だ。ゴールイン(得点)になるかどうかは、ボールの全体がゴールラインを越えなければならない。UAEのGKがはじいたのはゴールに入って40㎝程度か? だから、ボールの逆の端はゴールラインから10㎝強というところ。決して優しい判定ではない。遠く、スタンドから見ていると、もしかすると入っていたかな? という程度だ。
もっとも、主審の位置、副審の位置からすると、十分に判断できたのではないか。いずれにしろ、主審はゴールインかどうか判断しなければならない。“入っているかもしれない。もしかすると入っていない?”。心の隅にそんな思いがよぎって、無意識が自分の心にやさしい選択となってしまったのではないか。

ハリル監督は、不満でペットボトルを蹴った。ピッチの中にも入った。強い監督であっても強い対応ができる心の強さ、経験。ジャシム主審は、これらをどのように感じた結果、許すことにしたのだろうか。心の動きを描写してくれるアプリがあればと思う。

主審の『癖・判定基準の把握』の研究を

ぎりぎりボールがゴールに入ったかどうか。難しい判定であり、それで試合の結果が変わったことは歴史上、多くある。1966年WCイングランド決勝。延長、イングランドのハーストがシュートし、ボールはクロスバーを叩いて直下に落ちたが、ゴールラインを越えていなかったのでは? この得点を皮切りに、イングランドはドイツを破って優勝した。

その44年後、2010年南アフリカ・ワールドカップ。イングランドのランパードが放ったボールはゴールラインを割ったがピッチ内に戻り、ノーゴール。果たして、この試合はドイツが勝利する。
この事件をきっかけに、FIFAは凍結していたゴールラインテクノロジー(GLT)の開発に再着手。今ではすべてのワールドカップで、またイングランド・プレミアリーグなどもGLTが導入されている。また、追加副審をゴール近くに配置し、得点かどうかペナルティーエリア内の判定の援助を行う方法も、ヨーロッパのリーグを中心に取り入れられている。日本でもJ3で実験、Jリーグチャンピオンシップ等で導入しようとしている。
これらのシステム導入はコストがかかるが、サッカーの品質を向上させるためにはよいアイディアだ。少なくともワールドカップ、ワールドカップにつながる試合ではどうあれ、用いてもらいたいと思う。同様に、これらの試合には経験がある心の強い主審の配置が求められる。経験は直接年齢には関係しない。いかに担当した試合で、さまざまなことを学ぶかだ。

覆水盆に返らず。死んだ子の年を数えても仕方がない。日本代表、次はタイとワールドカップ予選を戦う。UAE戦に1点しか取れなかった試合ぶりの分析検証や、タイの分析と対応策を考え練習するのは言わずもがな。次に担当する主審の判定基準や癖の把握、対応策も戦略の中に入れるのも良いかもしれない。

【了】
松崎康弘●文
getty●写真

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ライター紹介 ライター一覧

松崎康弘

松崎康弘

JFA参与・元(公財)日本サッカー協会常務理事。元審判委員長
1954年1月20日生まれ、千葉県千葉市出身。

82年28歳でサッカー4級審判員登録。90年から92年、英国勤務。現地で審判活動に従事し、92年にイングランドの1級審判員の資格を取得。
帰国後の93年1月に日本サッカー協会の1級審判員登録。95年から02年までJリーグ1部の主審として活動し、95年から99年までは国際副審も務めた。
著書に「審判目線・面白くてクセになるサッカー観戦術」「サッカーを100倍楽しむための審判入門」「ポジティブ・レフェリング」などがある。

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